“情報ガバナンス”というキーワードに接する機会が増えてきました。
情報もガバナンス(統治・管理)も、日常的に使われる言葉ですが、イディオムとしての情報ガバナンスは、デジタルシフトが進む経済社会で企業にとって重要な概念です。
2020年の春以降は、新型コロナウイルス対策による社会変容もあって、その認知度は上がってきています。今回は情報ガバナンスの骨子、ウィズ/アフターコロナ社会における意義、そしてガバナンスの確立に向けたアプローチについて解説します。
情報資産をコントロールし組織力を強化
情報ガバナンスとは、“企業のすべての情報資産を、適切な方針、適切な方法で、コントロールすること”です。情報ガバナンスの実践は、意思決定の支援、業務プロセスの改善、情報活用による競争力の強化、そして訴訟対応時などのリスクの軽減に直結します。
これを実践しない企業は、市場競争で遅れをとることにもなりかねません。販売管理や顧客の情報を掛け合わせた商品開発、カスタマーサポート、業務効率化、そしてリスク管理といった局面において、臨機応変に情報を活用できないからです。
情報資産の重要性は、デジタルシフトが加速した数年前から指摘されてきました。この延長上にある情報ガバナンスが、改めてクローズアップされた要因は2つあります。1つは新型コロナウイルスによる社会変容。もう1つは、情報ガバナンスは、“全社的、戦略的な体制作り”という点で、既存の管理手法とは一線を画すためです。
コロナ危機による経済活動の変化
2020年春以降、新型コロナウイルス対策で経済社会のデジタル化は一気に進みました。本来ならば、2020年代の半ばから2030年代にかけて進展したはずのDX(デジタルトランスフォーメーション)が、いま急ピッチで動き出していると言っていいでしょう。
テレワークの常態化、働き方改革、脱ハンコとペーパーレス、AIをフル活用したデータ分析、IoTの進展といった要素が影響しあい、多くの企業が中期のビジョンとして描いていた「デジタルバリューチェーン」の構築も進みつつあります。社外にも拡がったバリューチェーンで情報を共有し、マーケットニーズを把握した商品・サービスの開発と提供を行なう。これがコロナ禍によって加速しているのです。
デジタルシフトが進むビジネスの基盤となるのが、情報ガバナンス。
“企業の情報資産を、適切な方針、適切な方法で、コントロール”。企業活動で発生する情報を、保存、検索、活用、さらには保存、そして戦略的破棄できるようにする戦略的な体制とプロセスの確立です。そしてこの基盤は、ドメスティックなものではなく、デジタルバリューチェーンに関係するすべての地域の法制度も考慮したグローバルなものでなければなりません。
情報ガバナンスの概念とその効果
社会変容へのキャッチアップを
コロナ禍による社会の変容と共に、情報ガバナンスが重視される2つ目の要素として、“全社的、戦略的な体制作り”を挙げました。裏を返すと、レガシーな情報管理体制は、情報ガバナンスの実践を阻害し得るということです。
一例として、情報資産の分散が筆頭に挙げられます。組織にはさまざまな情報が散在し、管理方法も一様ではありません。商品企画や販促部門では、メールや顧客管理システムを常用し、製造部門は生産管理システムを軸に作業を回すなど、それぞれの業務に合わせたシステムが稼動し、それぞれのポリシーで情報を管理しています。
管理手法のレベルまで落とすと、紙とハンコによる原本性もその1つです。業務プロセスは電子化されていても、原本性の担保を紙とハンコに依存するやり方では、デジタルバリューチェーンに組み込むことはできません。
このような情報管理手法は多くの企業において採用されていましたが、コロナ禍により顕在化した例えばデジタル化やオンライン化の遅れといった課題への対応を迫られる中、デジタルバリューチェーンを構築するには、情報資産の一元管理、一貫したルールの元で情報を活用できる基盤の整備、つまり情報ガバナンスが必要であることが明らかになりました。
ガバナンスの対象となる情報資産
少し概念的な話が続きましたが、ここから先は実践面に進みましょう。まずコントロールする対象の情報資産の内容です。企業が扱っている情報は下図のように整理できます。
日本語ではすべて“情報”の訳語が当てはまりますが、データ(Fact)と情報(Information)、知識(Knowledge)、知恵(Intelligence)は質が違います。情報ガバナンスの対象は、“データを加工した文書情報”つまりファイル。情報と知識、知恵で構成され、人間の判断や行動の起点となるものです。
ここで言う“文書情報”ですが、紙の文書や電子機器で扱うフォーマットを含め、業務で作成・取得したすべての「情報・知識・知恵」を包含するものと考えてください。
実践に向けた2つの指針
情報ガバナンスを実践の視点から見ると、“組織の文書情報を一元管理し、活用するための体制とプロセスの構築”と表現できます。前述した情報資産の散在、業務ごとのシステムの運用、管理方法の違いといった現状とも向き合い、すべての文書情報をガバナンスする体制を整備することです。
行動に移すに際しては、以下の2点に留意しておく必要があります。
◇ITガバナンスとは異なる
◇組織全体で取り組むプロジェクト
・ITガバナンスとは異なる
ITガバナンスは企業のIT活用の指針。ITの活用を規定・監視する活動です。一方の情報ガバナンスは、ITに限定せず、業務のプロセス、人の行動など、文書情報を扱うすべての局面を規定・監視する手法です。ITガバナンスより領域が広く、難易度はより高いと考えていいでしょう。
・組織全体で取り組むプロジェクト
情報ガバナンスは、プロジェクトの立案に関与し承認する経営層、文書情報の管理を担う事務局と担当部門(法務、総務、情報システムなど)、そしてルールに基づき、保存や破棄などの判断をするすべての部署。組織全体が関与、行動することで機能します。
情報ガバナンスに取り組む体制
ガバナンス構築のポイントは?
情報ガバナンスの実践におけるポイント(規定・体制)をいくつか抽出してみました。前半3点は、日常業務を遂行する現場が主体、後の3点は事務局がリードして進める項目です。
- 文書情報の価値に応じた分類・管理の実践
- 文書情報の活用期間に応じた分類・管理の実践
- 情報の取得から分類、活用、保管、保存、破棄に至るライフサイクルを確立
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- 文書情報の形式に関わらず、必要なときに引き出せる検索機能を整備
- 定期的な教育を実施し、情報ガバナンスの意義を周知
- 文書情報への安全なアクセスと機密性を維持
例えば、最初に挙げた「文書情報の価値に応じた分類・管理」では、会議議事録、契約書、研究開発のデータなど記録する文書情報と、連絡メール、会議資料のドラフトなど、記録しない情報を、各部門の基準に従って分類・管理します。他の項目も同様に、部門ごとに文書情報を精査して管理方法を判断し、組織全体の情報ガバナンスに組み込みます。
各部門において文書情報の扱いを規定する手順(例)
情報ガバナンスのフレームワーク
情報ガバナンスは、前述したようなポイントを実践していくことになりますが、企業の実務と情報管理の体制、システムの状態によってもアプローチは異なります。多くの組織が共通に利用できる指針として、調査会社などが「フレームワーク(枠組み)」を提供していますが、そのエッセンスをご紹介しましょう。
実践に必要な4つの視点
情報ガバナンスの確立に必要な要素は、組織を構成する「人」、決断を下すためのルールの集合体の「ポリシー」、業務を遂行する手続きとして規定した「プロセス」、そしてプロセスを有効化・効率化するための基盤である「テクノロジー」。この4つの視点から推進します。
人
人に対しては、情報共有と研修・訓練が主な要素です。情報ガバナンスを実行するメリットの周知、文書情報の管理に対する従業員の役割と責任の明確化などを行ないます。
ポリシー
情報ガバナンスのプログラムを組織全体に導入し、正式な活動として経営層の継続的なサポートを受けるための体制作りです。
プロセス
情報ガバナンス実践のコアとなる部分です。業務プロセスにおける文書情報の管理方法を明確化、具体的には部門レベルで情報に対する規定(分類・記録する基準、保存期間など)、作業手順書を定めます。継続的な実践に際しては、モニタリングと評価、改善プロセスの確立が欠かせません。
テクノロジー
情報ガバナンスを有効化・効率化するための技術的な基盤。すべての文書情報が一元管理されたシステムの構築と運用、情報へのアクセスログ取得、バックアップ機能、事業継続対策などを技術面から確立します。例えば、紙とハンコによる原本性の担保という課題も、ワークフローと文書情報を一元管理して証跡を追うことで、デジタルでライフサイクル管理ができます。
定着に向けたアプローチ
情報ガバナンスの課題の1つは、“絵に描いた餅”にしないこと。そのためにも評価は重要で、一般に「現状分析→課題の特定→改善計画→導入→定着」のフェーズで実践します。
情報ガバナンス定着に向けたアプローチ
例えば、現状分析のフェーズでは、人、ポリシー、プロセス、テクノロジーの4つの視点に対し、習熟度を5段階で評価。評価に従って、事務局を中心に課題の抽出、改善計画の立案、そして導入のステップで活動を継続します。
現状分析を5段階評価するイメージ
プロジェクトの成否の分かれ目は、モチベーションの維持と認識の醸成です。周知が十分ではない段階で上意下達のまま放置してしまうと、目の前の仕事を優先したい現場は、“後でやればいい”、“そもそもメリットはあるの?”などと考えてしまい、継続されないでしょう。
モチベーションを維持するには、推進者の評価と評価に対する褒章制度も必要です。取組みへの熱意を落とさないためには、ステイクホルダー(利害関係者)を特定し、継続的なディスカッションも行なってください。
“情報ガバナンスは義務と責任”という意識が全体に行き届かないと、現場からは“業務の生産性が落ちてしまう”“慣れた方法でやろう”という声が挙がるかもしれません。認識の醸成には、各部門と協力したルールの策定、導入状況の見える化も大切な施策です。情報ガバナンスは、1人1人の意識を、義務と責任のレベルまで醸成できるか否かもポイントとなります。
情報ガバナンスは組織全体のプロジェクトである、との認識が重要です。日常業務の一環として組み込むことが前提で、経営層と推進部門、各部署の意識に乖離があっては、ガバナンスの確立と維持は難しくなってしまいます。
ぜひ、ここで採り上げた「ガバナンス構築のポイント」と「フレームワーク」を参考に、それぞれの組織に合った形で、情報ガバナンスの確立、維持を目指しコロナ禍による社会変容に適応してください。
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