近年「ガバナンス」や「コンプライアンス」という言葉を耳にする機会が増え、聞き馴染みのある方も多いでしょう。この2つは異なる意味を持ちながらも、企業が健全な経営を果たす上で深く結びついています。ここでは、両者の違いやガバナンスの重要性、ガバナンスを強化するメリットについて解説します。
ガバナンスの意味
ガバナンス(governance)は、英語で「統治」や「管理」「運営」を意味し、主に「国家を統治する」という意味で使用されることの多い単語です。ビジネスシーンにおけるガバナンスは、「コーポレートガバナンス」(corporate governance)を略したもので、日本語では一般的に「企業統治」と訳されます。企業が健全な経営を行うべく、自分たちの企業を自ら管理・統制することを指します。
ガバナンスという概念は、バブルが崩壊した1990年代以降、粉飾決算や横領など企業の不祥事が相次いだことから注目されるようになりました。こうした問題の裏では、「経営者が利益を追求するあまり従業員に強いプレッシャーをかけたこと」「短期利益志向の株主が増えたこと」が関係し合っています。
企業の不祥事はステークホルダーの利益を損なうだけでなく、経済発展全体にも悪影響を及ぼすものです。そのため、投資家や一般社会から企業経営を適切に管理することへの要請が高まり、行政によるガバナンス強化の取り組みが進められていきました。
企業は、株主、顧客、地域社会といったステークホルダー(企業と利害関係にある人)に対し、企業の存在に見合った責任を持つことが求められています。その役割を適切に果たしているかどうかを管理・監督し、経営陣による企業の私物化を防ぐことがガバナンス強化の目的です。
コンプライアンスとの違い
ガバナンスと同じような意味合いで利用される言葉に「コンプライアンス」(compliance)がありますが、意味は異なります。
コンプライアンスには、要求や命令、規則、法令などに対する「遵守」という意味があり、ビジネス用語では「法令遵守」と訳されることが大半です。とはいえ遵守すべきは法令だけではありません。現代におけるコンプライアンスは、単に法律に触れさえしなければいいという安易な考え方ではなく、社内の規則やルールを守ること、社会規範に従いモラルに注意を払って行動することなど、広義な意味で解釈されています。
コンプライアンスが法令や社内外の規範に「従う」ことであるのに対し、ガバナンスは企業が自らを「支配」することです。言葉の意味としては真逆ですが、そもそも企業が自らを支配するのは、社内外の規範に従うためです。このようにコンプライアンスとガバナンスは強い因果関係で結ばれています。適切な経営の維持に法律や規則の遵守が必要であると考えれば、コンプライアンスもガバナンスの一部であると言えるでしょう。
ガバナンスを強化するとは
「ガバナンスを強化する」とは、つまり企業の経営体制の監視を強めることです。具体的な対策としては「取締役と執行役の分離」「社外取締役や内部監査部門の設置」「コンプライアンス委員会やリスク管理委員会の設置」などが挙げられます。これらはワンマン経営といった経営者の暴走を防ぎ、企業の透明化を確保する上で重要なだけでなく、ステークホルダーからの信頼獲得や、企業の持続的成長にもつながってきます。
また、業務を可視化して全社的に業務プロセスを統一したり、透明性のある情報開示を行ったり、社是や経営理念などを明確化して内部統制を図ったりすることもガバナンス強化に有効です。
ガバナンスとコンプライアンスが注目される背景
ガバナンスやコンプライアンスという言葉がビジネスで多用されるようになった背景には、情報化社会の到来があります。以下で2つのポイントを説明します。
情報が持つ価値の上昇
インターネット環境の急速な整備・スマートフォンの普及によって、現代は高度な情報化社会のさなかにあります。また、AIや機械学習といった最新技術やクラウドストレージの利用拡大にともない、企業は従来のデータベース管理システムでは扱い切れなかった膨大な量のファイルやコンテンツを含んだデータ群を収集・分析できるようになりました。それにより企業が有する情報の価値は劇的に上昇し、それらをマーケティング戦略の立案や需要予測、新たなビジネスチャンスの発掘、データドリブン経営などに役立てられるようになっています。
しかしその一方で、情報流出のリスクも高まっています。従業員の故意であるか過失であるかに関係なく、例えば顧客情報の流出は「重大なコンプライアンス違反」であり、企業の社会的信用を著しく失墜させる行為にほかなりません。
企業情報が持つ価値を守るためには、徹底した管理が必要であり、だからこそガバナンスの重要性が高まっているのです。
誰もが情報発信可能
ITの発展がもたらすのは顧客情報の流出だけにとどまりません。Facebook、Twitter、InstagramといったSNSの普及により、誰もが自由にかつ簡単に、世界中に向けて情報を発信することも可能となりました。SNSは、誰もが自分の意見を表明したり自己表現を行ったりできるメリットを持つ反面、たった一人の従業員による不用意な発言をきっかけに、企業が社会的な信用や評価を著しく落とす危険性もはらんでいます。
こうした社内情報の露見を防ぐためには、SNSの利用や社内情報の扱い方に関するポリシーや罰則規定を設けるなどし、研修や教育を通してそれらを従業員に徹底させることが重要です。
コーポレートガバナンスコードとは
ガバナンスの取り組みに関して、明確な定義は存在していません。しかし、上場企業については、金融庁と東京証券取引所が中心となって2015年に定めた「コーポレートガバナンスコード」というガイドラインが存在します。これは、上場企業が行うガバナンスの指標として参照すべき原則・指針であり、その企業が正しくガバナンスに取り組んでいるかどうか、株主や従業員、取引先などが見てもわかるようにするためのものです。
同コードは5つの「基本原則」を中心に、30項目の原則と、38項目の補充原則で構成されています。5つの「基本原則」とは以下の通りです。
- 株主の権利・平等性の確保
- 株主以外のステークホルダーとの適切な協働
- 適切な情報開示と透明性の確保
- 取締役会等の責務
- 株主との対話
これらの原則は中小企業には該当しないほか、法的な拘束力はなく、同コードを採用していない企業に対しては説明責任が課せられるのみとなっています。なお、ガイドラインを設けることは、企業がガバナンスに積極的に取り組んでいることを投資家にアピールする機会でもあるのです。そのため近年では、独自のガイドラインを策定・公表し、それらを適宜アップデートしている企業も増えてきています。
ガバナンスを効かせるメリット
ガバナンスを強化し、企業の管理体制・内部統制を徹底することには、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。以下で詳しく解説します。
企業価値が向上する
ガバナンスを強化しコンプライアンスを遵守することは、不正や情報漏えいの防止によってステークホルダーの利益を守るだけでなく、企業価値の向上にも関係します。ガバナンス強化に取り組んでいる企業は透明性が高いとみなされるため、社会的な信用度が高まり、対外的に優良企業として認知されます。
消費者や顧客から選ばれる企業になれば、結果的に売り上げが伸び、企業経営も安定していくでしょう。さらに企業価値が向上すれば、金融機関からの融資も受けやすくなり、さらに企業価値が向上するという好循環が生まれるのです。
内部の不正を防止できる
ガバナンスを強化し、例えば、不適切な処理が行えてしまう業務プロセスを撤廃することで、粉飾会計や不正会計といった内部不正の防止にもつながります。企業は常に社外取締役や監査役から監視されている状態となるため、万が一経営者が暴走して過剰な利益主義に走りそうになっても、それを牽制できるのです。それにより、経営者による会社の私物化などが起こりにくくなります。
株主に安心感をもたらす
コーポレートガバナンスに取り組んでいる企業は、健全な経営が行われている優良企業と判断されやすくなります。経営陣による企業の私物化や不正の心配が少ないとみなされるため、株主も安心して投資できるメリットがあります。また、企業にとってブランド力は大きな強みです。消費者に「安心」と感じてもらうことで、競合が多い業界であっても、自社の製品やサービスをより選択してもらえる可能性が高くなるでしょう。
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ガバナンス推進担当者として取り組むべき対策
ガバナンス強化のためにはどのような対策に取り組む必要があるでしょうか。ガバナンス推進担当者が特に意識すべき2点を解説します。
ガバナンスの周知・共有
ガバナンスの強化は、社外取締役や内部監査委員会を設けるだけで達成できるものではなく、従業員の理解と協力が不可欠です。なぜガバナンスが重要なのかを共有した上で、業務上して良いこと・してはいけないことの判断基準や、行動規範などのルールを策定し、全員に理解と遵守を徹底させる必要があります。さらに、経営体制やガバナンスのガイドラインについてを企業のウェブサイトなどで公開し、社外のステークホルダーに向けてアピールしていくことも大切です。
業務プロセスの可視化・デジタル化
複数の拠点に事業所を展開する企業の場合、拠点ごとに業務プロセスが異なるケースは少なくありません。子会社を有する企業も同様です。このような状態でガバナンスを浸透させるのは困難であり、統制は不十分にならざるを得ず、不正を見逃してしまう恐れも生じるでしょう。
ガバナンスを強化するにあたっては、業務の可視化と適切なマネージメントにより、全社的に業務プロセスを統制することが重要です。具体的には、業務フローをまとめてマニュアルを作成し、事業所間での業務プロセスを統一するほか、業務をデジタル化し、社内情報をデータで一元管理することも有用です。もちろん、誰がどの情報にアクセスできるかの管理と実際のアクセスログも管理が必要です。
すべての業務プロセスを一気にデジタル化するというのは、コスト的にも時間的にもハードルが高く、従業員にも大きな負担がかかります。そこで、勤怠管理や予算管理、出張管理など、利用頻度と重要度の高い業務を中心に、段階的にシステム化していくことをおすすめします。
まとめ
長期的に企業価値を向上させるためには、ガバナンスへの取り組みが不可欠です。株主を含むステークホルダーへ向けた説明責任を果たすことだけでなく、自社の従業員が働きやすい環境を整えることも、ガバナンス強化に向けた重要な活動の1つと言えるでしょう。
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