近年は働き方改革に注目が集まっており、働き方用語の「ABW」という言葉も聞くようになりました。しかし、まだABWを知らない、もしくは正しく理解していない方もいるのではないでしょうか。ここではABWについて解説し、導入時のポイントや利用が推奨されるツール、優れた効果を生んだ実際の導入事例も紹介していきます。
ABW(Activity Based Working)の意味とは?
まずはABWの意味を把握しておきましょう。これは「フリーアドレス」の発展型として理解されていることも多く、近い意味を持ちますが、フリーアドレス以上の意味や効果があります。そこで、フリーアドレスと比較しながら明確化していきます。
ABWの概要
ABWは、Activity Based Working(アクティビティ・ベースド・ワーキング)の略で、時間や場所に捉われない働き方を指します。従業員は業務内容に応じて働く場所や時間を変えられ、自由度の高い働き方を実現できます。ハイブリッドワークとも親和性が高く、通じるところがあります。
たとえば、データ入力業務だけなので自宅でテレワーク対応する、同僚の意見を聞きたいのでオフィスに出社する、といった具合に、そのときどきの業務によって働き方を変えられる点が特徴です。
ABWの導入によってさまざまなメリットを得られるものの、適切に運用できる体制や環境の整備も欠かせません。ABWと同時に、クラウドなどITツールを活用した働く環境整備と制度作りが求められます。
フリーアドレスとの違い
フリーアドレスとは、オフィスに固定の席を用意せず、オフィス内のさまざまな場所で働けるワークスタイルです。図書館のように独立した机と椅子を複数用意し、従業員は思い思いの場所で業務に取り組めます。
インターネットやモバイル端末が普及し、人々の働く環境は大きく変化しました。現在では、ノートパソコンやタブレット端末があれば業務に取り組めるケースも多く、それゆえフリーアドレスを導入する企業も増えています。
フリーアドレスの導入によって得られるメリットは、コミュニケーションの活性化です。従業員は固定席がなく毎日違った席に座れるため、普段あまり接点がない同僚や上司、他部署の従業員などと会話する機会が増加します。コミュニケーションの活性化によりイノベーションの創出や、新たなビジネスのヒントが生まれる可能性があるのもメリットです。
ABWとフリーアドレスとの大きな違いは、業務に従事する場所です。フリーアドレスはオフィスへ出社しなくてはならない一方で、ABWは、従業員の業務内容にあわせてオフィスに限らず自由に働く場所を選べます。よって、働き方の自由度や多様度は、ABWに軍配があがります。
ABWのメリット
ABWを導入するメリットとして、テレワークへの対応が可能な点が挙げられます。また、従業員はオフィス以外でも業務に取り組めるため、オフィスのコストを削減できるほか、従業員のワークライフバランスも整います。
ウィズコロナでのテレワークにも対応できる
新型コロナウイルスの感染拡大により、人々の生活は一変しました。企業も対応を迫られ、出社制限やテレワークの導入を進めた企業も少なくありません。
ABWを導入すれば、ウィズコロナでのテレワークに対応可能です。ABWはコロナに限らず天候や業務内容、各従業員の事情にあわせた働き方が可能であるため、テレワークも前提とされています。
新型コロナウイルスの脅威はいまだ去ってはいません。2023年3月時点でも、ニュースでは日々感染者数や死亡者の数が報道され、多くの従業員が一堂に会する従来の働き方やフリーアドレスはリスクがあるという認識に変わりがありません。
一方、ABWであれば従業員は自宅で業務を遂行できます。必ずしもオフィスへ出社する必要がなく、不特定多数の人間と接さずとも済むために感染リスクを軽減でき、安全な環境のもと集中して業務を遂行できる点がメリットです。高齢者と同居している等個人の事情もさまざまです。こういったことにも対応できるのが大きなメリットとなります。
オフィスのコストを削減できる
企業が事業活動を展開するうえではさまざまな経費が発生します。オフィスの賃料もそのひとつで、立地や物件の広さによっては毎月相当のコストがかかります。
従業員の業務内容にあわせて柔軟に働き方を変えられるABWを導入すれば、オフィスのコスト削減が可能です。従業員の多くが自宅で業務へ取り組むようになれば、従来と同じスペースは必要ありません。より賃料の安いコンパクトなオフィスへ移すことも可能です。
また、ABWを導入すれば、業務に適さないスペースや不要な空間が明確になるため、有効活用につながります。たとえば、業務に適さないスペースは休憩所にしてコミュニケーションを促進する、レイアウトを見直して従業員が動きやすい導線を確保する、といったことです。
出社する従業員が少なくなれば、水道光熱費や通信費といった経費も削減できます。効果的なコストダウンが進むことで余計な経費をカットでき、組織の利益最大化にもつながるでしょう。
従業員のワークライフバランスが向上する
ABWを導入するメリットとして、従業員のワークライフバランス向上が挙げられます。ワークライフバランスとは、仕事と日々の生活を調和させることです。仕事に追われる毎日では、プライベートの時間もとれず心身ともに疲弊してしまいます。反対に、プライベートを重視しすぎると仕事が疎かになり、安定した収入を得られなくなるおそれがあります。
ABWを導入している企業であれば、従業員は働く場所や時間に縛られることなく仕事ができます。育児や介護で自宅を離れられない、といった方はテレワークで業務に取り組むなど、ライフスタイルにあわせた働き方が可能です。その結果、仕事と生活を調和させやすくなります。
従業員のワークライフバランスが向上すれば、高いモチベーションのもと業務を遂行してもらえるため、生産性の向上も見込めます。自由度の高い働き方ができることから従業員エンゲージメントも高まり、離職の防止や採用につながる点もメリットです。
ABWの課題
メリットばかりのようなABWですが、課題もあることは覚えておく必要があります。代表的な課題としては、コミュニケーションの減少やセキュリティへの対策、それらの解決のためにもオフィス以外からオフィスにいるのと同様に働けるようにするためにもITツールの導入や制度の見直しが必要な点です。働き方の変革には、制度、文化、ITの3つが必要と言われますが、そのうちの2つです。
コミュニケーションが減るリスクも
ABWの導入で生じる課題として、コミュニケーションが減る可能性が挙げられます。従業員は業務内容に応じて自宅勤務やオフィス勤務を選べるため、必然的に同僚や上司と顔をあわせる機会が減ります。
ほぼ毎日テレワークをしている従業員の場合、気軽にコミュニケーションがとれず、聞くべきことを聞けずに生産性が下がってしまう場合もあります。
また、上司など管理者が従業員のミスに気づけないこともあります。上司の目が行き届きにくいことで、気づいたら従業員が誤った方向に進んでいたということもあるでしょう。
オフィスや自宅、カフェなど、様々なところで働くメンバーのチームとしての一体感が薄れていないかの確認や、コミュニケーションをとりやすくするための工夫が必要とされます。
セキュリティ対策が必要
場所にとらわれない働き方は、セキュリティリスクの上昇を招きます。もっとも懸念されるのは情報漏えいのリスクです。顧客の個人情報や、組織が保有する機密情報などを保管してあるデバイスをどこかへ置き忘れてしまった、盗難に遭ったといったケースが考えられます。事実、IPAの調査によると、テレワーク等の新しい働き方と不注意が情報漏えいの原因の5位と9位に入っています。働き方を変えれば情報セキュリティ対策も変える必要があるのです。
現代社会において、企業の情報漏えいは致命的なダメージとなりかねません。顧客や取引先からの信用を失い、社会的な信頼も地に墜ちます。場合によっては、企業の体力によっては事業継続が難しくなる可能性すらあるのです。
このようなリスクを避けるべく、ABWの導入にあたっては適切な情報管理、日々業務で使うファイルのセキュリティ対策は特に必要です。重要な情報の取り扱いに関するルールの策定と徹底、業務コンテンツをクラウドで一元管理できるツールの導入などを行うことで、トラブルの芽を摘めます。
また、適切なツールを導入していても、使うのはあくまで個々の従業員です。情報セキュリティへの関心が低いとリスクの高まりを招くため、教育についても配慮しなくてはなりません。
ツールの導入や制度の見直しが必要
ABWを導入し効果的に運用するには、ツールの導入が必須です。ABWを導入すればコミュニケーションが減少する懸念があるため、ビジネスチャットやWeb会議システムといったツールの採用が欠かせません。さらに、コミュニケーションとは相互理解です。理解を深めるにはファイルを共有しながらコミュニケーションをとれるようにすることも忘れてはならないポイントです。常に最新、正しいコンテンツを表示できる仕組みも必須です。
もちろん、セキュリティ対策ツールの導入も検討しましょう。従業員のデバイスに導入するウイルス対策ソフトをはじめ、リモートアクセスツールや統合脅威管理ツール、コンテンツセキュリティやIT資産管理ツールなどが役立ちます。
セキュリティ以外では、労務管理の難しさへの対策として、テレワークに対応できるタイプの労務管理ツールも導入しなくてはなりません。
このように、ABWを導入し効果的に運用するには、さまざまなツールの導入が不可欠です。導入するツールによっては、相応の初期コストが発生することも理解しておきましょう。
なお、ツール選定時には機能や費用だけでなく、操作性も吟味しなくてはなりません。高機能で優れたツールを導入しても、従業員が使いこなせなければ意味がないためです。導入前にトライアル利用できるツールであれば、事前に操作性や機能、自社の業務やITリテラシーにマッチするかどうかなどを確認できます。
ABWが向いている職種
ABWが向いているのは、オフィスに出社せずとも業務を遂行できる職種です。たとえば、事務系、営業や企画といった職種はABWに適しています。基本的に端末があれば足りる、もしくは、営業職のように顧客や見込み客のもとへ足を運び、オフィスにいるよりも外を移動している時間が多い働き方は適しています。
一方、実験が伴うような研究職や開発職といった職種はABWに適していません。これらの職種は、会社にある機材や施設、システムを使用しないといけないことが多いためです。
ABWを導入するための手順
ABWは働き方改革に資する考え方であり、これを整えることで、従業員と経営層のいずれも恩恵を受けられるでしょう。そこで次に問題となるのが「どのようにしてABWを実施するか」です。
ABWはフリーアドレスを進化させたタイプと捉えられることもありますが、実施する上ではフリーアドレスの拡張というより、テレワークの導入、今だとハイブリッドワーク推進として進めるとよいでしょう。ただし働く場所を自宅に限定するのではなく、近くのカフェや貸しオフィス、サテライトオフィスを用意するなどして、その自由度を高められるよう努めます。
もちろん、必要に応じてオフィスへの出勤もできるように体制を整えておくことも大事です。実際、ABWの実施として、オフィスをリニューアルした例もあります。こちらに関しては最後に事例として紹介します。
ABWの実施には課題がいくつかあります。代表的なものとしては従業員の勤怠管理、導入にかかるコストや時間、労力などです。そこで効果的に導入を行うため、以下を実践します。
1.従業員のニーズを調査
導入する企業の上層部だけがABW導入に関与したのでは不十分です。重要なのは従業員のニーズを捉え、その希望に応えるかたちで導入を行うことです。そこで従業員に対しアンケートをとったり、面談を行ったりとヒアリングもきっちりと行いましょう。
その際、従業員がどのような問題を抱えているのか、どのような職場を求めているのかを聞き出します。部屋の雰囲気やスペースなど、具体的に聞き出すことが重要です。企業側が従業員と向き合い丁寧に対応をしていれば、従業員側も積極的に取り組んでくれるようになり、よりよいアイデアが生まれやすくなります。
なお、調査にかかる作業を自社内で完結させるのが難しい場合、コンサルタントへの依頼も検討しましょう。第三者の視点を取り入れることで、より効果的なABWを実施しやすくなり、これまで気づかなかった自社の問題を発見できることもあります。自社のリソースを大きく割かなくて済みますし、より短期で高度な調査も行えるでしょう。
2.働く作業空間を改善
作業空間の見直しと改善も必要です。オフィスをフリーアドレスとする場合でも、区切られたスペースは確保しましょう。細かい作業や創造性を求められる作業など、周りに人がおらず集中できる環境で取り組まなければならないものもあります。重要な情報を扱うケースも想定し、パーティションなどで隔離したスペースを設けるとよいでしょう。テレワークの人や外部とのWeb会議も行われるため、小さめの会議室を多く用意する必要があることもわかってきています。
チームでのちょっとしたミーティングや気軽に雑談をすることができるスペースの設置もおすすめです。活発な意見交換につながり、新たなビジネスのアイデアが生まれやすくなるかもしれません。おしゃれなカフェブースを設置すれば、従業員のモチベーションアップ効果も期待できます。
3.発生するデメリットは、各種ツールで対応
ABWの課題は、各種ITツールの導入で解決することができます。働き方改革がDXの一端だと言われるゆえんです。コミュニケーションツールやWeb会議ツール、コラボレーションツールやコンテンツ管理ツール、勤怠管理ツールやプロジェクト管理ツールなど、今では便利なツールが充実しています。
コミュニケーション減少の課題を解決するには、やり取りを容易にするツールの導入が有効です。ビジネスチャットやWeb会議システムなどを導入すれば、オフィス以外で働く従業員とオフィス勤務の従業員が気軽に話し合うこともできます。
また、コンテンツクラウドを活用するのも有効です。クラウド上でさまざまなファイルを管理すれば、離れた場所からでも必要な情報へ容易にアクセスできます。わざわざ機密情報が入ったデバイスを持ち運ぶ必要がなくなり、セキュリティ対策にも有効です。
コラボレーションツールの導入も検討してみましょう。コラボレーションツールには、コミュニケーション機能やファイル共有機能、チャット機能、タスク管理機能などさまざまな機能が実装されています。スムーズなやり取りを実現するだけでなく、従業員のタスク管理もできるため、管理者がマネジメントを行う際の負担軽減にもつながります。使いやすいコミュニケーションツールとコンテンツ管理ツールでも代替できます。
なお、いずれのツールを導入する場合でも、セキュリティ機能をしっかりとチェックしておきましょう。セキュリティが低いツールを導入してしまうと、サイバー攻撃やマルウェアへの感染を招き、結果的に情報漏えいにつながるおそれがあります。通信の暗号化ができているか、データやファイルは安全に管理されているか、といった点は確認必須です。
ビジネス用コミュニケーションツールの一例
ABWには、コンテンツクラウドBoxとMicrosoft Teamsを連携させた「Box for Microsoft Teams」がおすすめです。コミュニケーション不足を補いつつ確実に相互理解を深めることができ、業務効率の向上も期待できます。
Boxで管理されているファイルの共同作業を、コミュニケーションツールのMicrosoft Teamsの画面から行えるので、BoxとMicrosoft Teams両方のアプリケーションを利用するたびに切り替える必要はありません。BoxはTeams以外のツールとも連携するため、ファイルは1カ所に保管し、業務に必要なアプリケーションからアクセスでき、目的のファイルがどれか迷うことがなくなります。
実例紹介:ABW導入企業
それでは、ABWの導入企業のうち有名な事例を4つ紹介します。
イトーキ
「イトーキ」では従業員への聞き取りから得られたデータに基づいてABWを実践し、さまざまな効果が得られています。たとえば、生産性向上の実感には仕事内容に合わせた場所の選択が重要であるとして、同社ではオフィスの移転を行いました。その結果、「現在のオフィスは生産性の高い仕事ができる」と答えた従業員の割合が、移転前後で32.4%から58.5%に向上しています。同様に「現在のオフィスは同僚と知識・アイデアの共有がしやすい」との答えの割合も35.6%から52.1%に向上しました。
また、働く場所の自由度が高いことは職場環境を良くするという結果も得られています。「現在のオフィスは楽しい職場環境を創り出している」と答えた従業員の割合が、34%から85%へと大きく向上しました。
CBRE(シービーアールイー)
同社では新オフィスへの移転を機にABWを導入しています。その結果、オフィスの面積も18%削減でき、コスト削減の成果が得られています。オフィス面積を小さくしたのも従業員へのヒアリングの結果であり、単にコスト削減のために狭くしたわけではありません。不必要なスペースをなくし、最適な職場環境の整備に成功しました。
また管理職が部下と積極的にコミュニケーションを取るなど、新たなオフィスでも従業員のコミュニケーションに関する問題が発生しないように取り組まれています。
竹中工務店
竹中工務店では、ABWを推進する大規模なオフィスリニューアルでCASBEE-ウェルネスオフィス認証における最高評価「Sランク」を取得しています。特に評価されたのは研究棟です。研究員が活動内容にあわせて場所を選択するだけでなく、高い健康性・快適性などが実現されるような作りにしました。空間を上手く使うことで、コミュニケーションの誘発や歩行促進への配慮がなされています。
また、同社の東京本店オフィスはWELL認証ゴールドも受賞しています。自然採光や自然換気、活用頻度の高い吹き抜け階段から運動しやすい屋外散策路などを設け、健康の維持と生産性向上が期待できる職場環境を構築しました。
結果的に竹中工務店では、ABWの実現を自社のブランディング活動としても利用できています。
BIPROGY(旧:日本ユニシス)
BIPROGY(旧:日本ユニシス)は、1985年に創業以来、日本のITインフラを支えてきたSI企業です。いち早くテレワークを取り入れた企業としても知られる同社は、テレワークとオフィス勤務を組み合わせたハイブリッドワークを実施しています。
2022年12月における月間平均出社率は35.6%で、出勤者数の64.4%削減に成功し、今後は出社率30%を目標にするとのことです。新型コロナウイルスへの感染対策にも余念がなく、出張や会議などはWeb会議システムを活用しています。
同社は情報セキュリティの確保が課題となっていましたが、コンテンツクラウドの導入で解決しました。Boxによって社外の関係者と安全な環境のもとファイルのやり取りを行えるようになり、セキュリティリスクの軽減を実現しています。
まとめ
ABWの導入によって、従業員は時間や場所に縛られることのない自由度の高い働き方が可能です。その結果、生産性やワークライフバランスの向上、オフィスのコスト削減、また何よりも従業員エンゲージメントが上がるといったメリットが得られます。
一方で、ABWにはコミュニケーションが減少しやすい、セキュリティリスクが高まる懸念がありますが、DX時代それらの課題を解決できるITツールはたくさん存在します。まずは、自社にどうABWをマッチさせるかを考え、ポイントを踏まえつつ導入の検討をしましょう。
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