2006年に「クラウド・コンピューティング(以下クラウド)」という言葉が定義されて以来、企業におけるクラウドの重要性は年々増加し、ついにはITシステムに欠かせない基盤のひとつと認知されるようになりました。インフラの調達を簡略化し、適正コストを維持し、ソフトウェアをサービスとして利用する。クラウドが持つ様々なメリットによって、企業はより確実にビジネス目標の達成へと突き進んでいます。
ITシステムの構成や刷新などにおいてクラウドを優先的に検討することを「クラウドファースト」といいます。最近では、クラウドファーストをITシステムポリシーに掲げ、既存環境をクラウドへと移行していく企業も少なくありません。
彼らはなぜ、物理的なインフラではなくネット上で提供されるインフラを選んだのか?このコラムでは、クラウドファーストを推進すべき理由、クラウドとオンプレミスの違いについてご紹介します。新しいITシステム環境を構築するにあたっての、判断材料としていただければと思います。
クラウドとオンプレミスの違い
それではさっそく、両者の違いをいくつかの観点から整理していきます。
イニシャルコスト及びランニングコスト
新しいITシステム環境を構築するにあたり、気になるのが「どれくらいのコストがかかるのか?」という点でしょう。両者はアーキテクチャが根本的に異なることから、イニシャルコストとランニングコストに大きな違いがあります。
まず、イニシャルコストに関してはクラウドサービスを導入する方が圧倒的に安く済みます。サービスサイトにアクセスし、必要なリソースを選択するだけで瞬時にプロビジョニングが完了し、サーバー等を調達したりネットワーク構成を変更したりといった、手間のかかる作業はほぼ皆無です。オンプレミスの場合、カットオーバーまでにシステムやソフトウェアを調達したり、構築作業やテストを行ったりと長い時間と多くの手間がかかることから、イニシャルコストは高額になりがちです。
ランニングコストに関しては利用環境によって変動します。サービス料金はリソースを使用した分、またはユーザー数に応じて課金されるのが一般的なので、場合によってはオンプレミスのランニングコストを上回る可能性も考えられます。
ITシステム運用の負担
ITシステム運用にはハードウェア管理をはじめ、ソフトウェア管理やライセンス管理など様々な管理項目が多数あり、IT担当者に大きな負担がかかっています。これに加えて昨今ではサイバーセキュリティ対策にも大きな負担がかかります。オンプレミスではこれらの運用をすべてIT担当者が実行することから、運用に一定のリソースとコストを必要とします。IT担当者無しには回らないとも言えます。
対して、クラウドサービスは「サービス」の提供であるため、管理責任がクラウドベンダー側にあります。利用者側はIT担当者におけるサービスやインフラ管理、セキュリティ対策が不要となり、ITシステム運用の負担を大幅に軽減できます。加えて、ソフトウェア管理ではアップデートに逐一対応する必要はなく、システムは常に最新の状態が保たれます。IT担当者無しでも使えるケースがあると言えます。
ただし、システム障害等が発生した場合はクラウドベンダーの対応を待つ他ないため、その点をボトルネックに感じる場合もありますので契約前にしっかりとSLA(サービスレベル契約)を確認することが重要です。
ITシステム設計の自由度
すでに用意されたリソースを自由に選び、ITシステムに必要なインフラを即座に調達できるクラウドには一定の自由度があります。オンプレミスでは必要なリソースを検討し、調達するまでに時間がかかることから、クラウドはより少ないリードタイムでITシステムを構築できます。
一方、ITシステム設計の自由度に関してはオンプレミスに軍配が上がるでしょう。オンプレミス型システムでは基本的に自身の責任でシステムを構築するわけですから、自由にシステムを設計し構築することができます。極度に高い自由度や業務ニーズへの対応を求める場合はオンプレミスが適しています。
情報セキュリティの強度
ITシステムを構築する、刷新するにあたって欠かせない要件が「情報セキュリティの強化」です。昨今のサイバー攻撃は高度化・複雑化が進み、いつどこで攻撃を受けて情報漏洩等の事件が起きてもなんらおかしくはありません。
オンプレミスの場合、自社で高度化するセキュリティ脅威への対応を強いられてしまいます。対して、クラウドの場合、インターネット経由で提供されるサービスを利用することから情報セキュリティの強化が難しいと思われがちですが、実際は違います。多くの場合、自社単一で対応するよりレベルの高いセキュリティを実装しています。クラウドベンダーのセキュリティ要件を確認し、高度な情報セキュリティを施行しているサービスを利用することで、むしろオンプレミスよりも高い情報セキュリティを確保することができるでしょう。
BCP(Business Continuity Plan)とDR(Disaster Recovery)
日本企業が決して無視できない「事業継続計画(BCP)」と「災害復旧(DR)」。大規模な自然災害や火災など、予測不可能な事態への備えが欠かせません。オンプレミスにおけるBCP及びDRでは、データセンターで冗長化構成を行い、万一自然災害等が起き本社が被災した場合でも、即座にITシステムを復旧するための環境を自社で構築しなければいけません。
一方、クラウドの場合はシステムをクラウドベンダーが運用していることから、全てはクラウドベンダーの方針に従うことになります。名前の知れた企業のサービスやグローバルにサービスを提供しているベンダーのサービスを活用すれば、自然とBCP及びDRが施行できているというのが一般的な考え方と言えるでしょう。但し、実際の各社のBCP及びDR対策について契約前に調べることを忘れてはいけません。
<クラウド・オンプレミス比較>
クラウド | オンプレミス | |
---|---|---|
イニシャルコスト | ◎ 契約ベースのためイニシャルコストはそれほど発生しない |
× インフラ調達、設計、構築、テストなど全て自身で行う必要がある |
ランニングコスト | △~〇 利用する規模とサービスに依存する |
△~〇 ライセンス費用、保守運用費用などがかかる |
運用負担 | ◎ システム管理をクラウドベンダーに依存するため運用負担が軽い(人件費少) |
× 独自運用なのですべての管理業務を内製化、もしくはアウトソースする必要がある(人件費多) |
調達リードタイム | ◎ ほぼ、すべてWebで完結し、数秒~数分でプロビジョニング可能 |
× ハードウェアの検討及び調達から時間がかかり、プロビジョニングに数か月を要する |
設計の自由度 | △ 選択できる機能が固定している場合がある |
◎ IT要件に応じて自由に設計や設定ができる |
拡張性 | ◎ 基本的にWebで操作したりベンダーに連絡したりするだけでリソースの増減が簡単に行える |
△ スケールアウト環境を自社で構築する必要がある、かつリソースの縮小が難しい |
情報セキュリティ | ○~◎ クラウドベンダーに依存するが、通常非常に高い |
△~○ 自社企業がセキュリティ対策を講じる必要があり、自社で高度なセキュリティをまかなうには高いコストが掛かる |
BCP・DR | ◎ クラウドベンダーの仕様に依存する |
×~〇 BCP・DR対策を自社で講じる必要がある |
必ずしもクラウドが最適解とは限らない!
クラウドとオンプレミスの違いから、従来のような物理環境でITシステムを構築するのではなく、Webアクセスをフル活用して新しい環境を創る「クラウドファースト」の利点を知っていただけたのではないかと思います。ITが特別なものではなくなりつつある昨今、サービスを最大公約数的に使えるのであれば、使い始めるまでのスピードを含めて、非常に価値があると言えます。
ただし、中にはクラウドサービスを採用することが最適解とは限らないのでご注意ください。たとえば、特殊なシステムや高度なパフォーマンスを要件とするシステムにおいてはクラウドではなくオンプレミスの方が良いケースもあります。
クラウドファーストをITシステムポリシーとして掲げるのは、時代の流れとして標準的になりつつありますが、既存環境に求められる要件を十分に精査した上で、最適な構築形態について深く検討することも大切です。
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